生かされる死体




今、もし、自分の指が使い物にならない事になったとしたら。
ギターを弾けないと宣告されたら。
一体自分はどうすればいいのだろう。
もし、ぬくもりを無くしてしまう事になったとしたら。
誰もそのままの自分を受け入れてくれなくなったとしたら。
一体自分はどうなるのだろう。
全てを受け止めてくれるものを失ってしまう事があるとしたら・・・。


とある日曜日のお昼過ぎ。仕事の合間の休憩時間、 トイレから戻って楽屋のドアを開けると、光一が何かを呟く声がした。
「何?」
思い詰めた様にも感じられる雰囲気につい尋ねてしまっていた。
「・・・うん。昨日のCARTレースで事故ったドライバーが両脚切断なったって。今知り合いからメール入ってん」
「ドライバーが?」
「やって・・・」
「・・・」
レースをする為に生きていたドライバーにとって、 生きているにも関わらずマシンに乗れないという苦痛はどれだけのものなのだろう。
全くカーレース等見ない自分には解る事などなくて。
それでも何故か心に影が落ちた様な感じがして。
それ以上何も聞く気になれなくて。
結局黙る事しか出来なかった。重い雰囲気が2人を包む。 その場での仕事は晴れない気分のままこなす結果になった。


ドラマの撮影もあって日付が変わってからの帰宅。
1人になると、昼間の出来事が思い起こされた。 覚えなければならない台詞は沢山あるのだけれど、それに集中する事が出来ない。 ふと過ぎった考えがずっと頭の隅に留まっている。
すべき事を何とか済ませ、やっと就寝する頃にはもう少し前なら空が明るくなり始めるそんな時間。 本当なら寝なければいけない時間。でも、ベッドに入る気すらおきなくて、何となくリビングの定位置にずっと居る。

寝付けない。
寝なければ。
絶対のものがなくなる時の事を考える。
その事を考えてはいけない。
絶対のもの。代わりのないもの。
そんなものありはしない。何かがまた支えになる。
代わりの支えは存在しない。存在する。
その為だけに生きる。
次元の違う場所に1番は沢山ある。
もっと、もっと。熟考する。
考える必要はない。
寝なくてもいい。
寝てしまえたら。

『もし、自分が同じ立場に立たされる事があったとしたら?』

今までにも沢山のものを無くした。でも代わりがあった。 沢山の人、物、出来事。色んなものがその時々の自分を癒してくれた。
それが重みになった事もあった。
もがいて、あたって。
でも、誰も俺を否定しなかった。
親兄弟も、友達も。勿論ケンシロウも。
それになにより。あいつが。
自分に掛けられる期待が嫌だった。それでも、逃げる事は考えなかった。
みんなが居たから。あいつが居たから。

だったら、その人達が居なくなったら・・・?

ゾクッと悪寒が背を駆けた。

恐い・・・。

それでも最近はギターが精神安定剤になって、人に頼らなくてもマシになったと思う。
『今1番自分から無くなって困るもの』は多分ギター。
誰に相談するよりも心が落ち着く。音はその時の自分を全て表現あらわしてしまう。 外に出す事で安心する俺にとって、いつでも吐き出していられるというのは有難かった。 もしかしたら全てが無くなってしまっても、ギターさえあれば何とかなるかもしれない。
ギリギリのところで・・・。

じゃあ、ギターが弾けなくなったら?

・・・解らない。

「くぅ〜・・・」
「ケンシロ・・・」
気が付くと、足元にケンシロウが寄って来ていた。 いつもならまだ寝ている時間なのに、それ程自分は張り詰めていたのだろうか。
「ケンちゃん、おいで」
名前を呼んでそっと抱き上げる。生きているものの温もりが心地よい。

安心する。

独りじゃないと実感出来る温もり。
それでも、ギターを触っている時の安息感とは比べ物にならないけれど。
全く音を出せない日は落ち着かない。イライラする。
自分だけの世界へ連れて行ってくれる不思議なもの。 その世界には俺を不安にさせるものは何もない。
勿論、それだけあればいい訳ではないけれど。
音に浸り、自分を出して、ふと気が付いたときにはやっぱり側に居て欲しい人や温もりがある。

『唯一なもの』は結局選ぶ事が出来なくて。
順番なんて付けられなくて。
付けられるほど自分は強くなくて。
(あいつやったらつけれるんやろなぁ)
光一なら。
あいつは強いから。・・・・・そして、脆いから。
今、独りで考え込んでいるのではないだろうか。
自分が強いなんて到底思えないけれど。
こうやって、何かに支えてもらえなければ立ってもいられない程弱いけれど。
それでも、この温もりに安心して、いつものように他人の、あいつの心配でもしていよう。

全てを一度に失う事がないように・・・。




fin



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