日  常
―― 夜 ――




「ただいま〜」
門限ギリギリに帰り着き、1度キッチンに顔を出す。
「おかえり。はよ着替えて来ぃ。ごはん食べれるで」
「うん。今日はお父さんたちは?」
「お父さんはまた11時ごろみたいよ。お兄ちゃんたちはもうすぐ帰ってくるんちゃうかな?連絡ないから」
「そうなんや。じゃ、着替えてくる。ごはん、お兄ちゃんたち帰ってからでいいで」
「そう?じゃあ、2人が帰ってきたら呼ぶわ」
「うん」
そのまま自分の部屋に戻って簡単な着替えをし、明日必要な分の課題と予習を始める。 苦手なものから、と数学から手を付け始めたが、解らない所が多すぎて嫌気がしてくる。 一通り目は通したが半分近くは最後まで解けていない状態のまま好きな英語に移る事に決めた。 机の上の勉強道具が全て英語用に変わった丁度その時、ドアのノック音とともに母親の声がした。
「ひーちゃん、お兄ちゃんたち帰ってきたで。ごはん食べ」
「はーい。すぐ行く」
机の上をそのままにしてすぐに部屋を出、外に居た母親と一緒に階段を下りる。
「智也君来てるで」
「ほんま?やった!また相手してもらお♪」
ダイニングに入ると、母の言葉通り兄2人の親友である長尾智也がいつもは父親が座っている席に座って居た。
「こんばんはぁ」
「こんばんは〜。また3人で遊んではったん?」
「まあ、ね」
「淋しい〜」
「ひーちゃんには言われたくないなぁ」
「女の子はええの。男ばっかりみたいに暑苦しくないもん」
「「「あつ・・・・」」」「ひーちゃん!」
全く誰に似たんだか、と溜息混じりに夕食を並べる母親と苦笑いを浮かべている3人を見て、ひすいはぺろっと舌を出す。 母親はその様子に溜息を軽く吐きながらも手際よくお皿を並べて行く。
「ほら、はよ食べ」
既に別の会話に移っていた3人にそう言い1人台所に戻って行く母親の背に、はーい、と揃って大きく返事をする。
「ねぇ、3人でどこ行っとったん?」
いただきます、と4人手を合わせてお箸を持った後、まず口を開いたのはひすいだった。
「ん〜・・・今日はカラオケ。知らん人も巻き込んでおもろかったで」
「オレ、ボール蹴りたかったのにさぁ・・・」
「1番暴れとった奴が何言うとんねん。大体、俺らがお前の相手出来るわけないやろ。 高校までサッカー部のエース張ってた奴の相手なんか出来るかっちゅうねん」
「お前らにそんな技術求めてねぇだろ〜」
「・・・・・体力的にも無理や」
黙って聞いていた剛が呆れ顔でボソっと言うと、智也は全く気にしないという様に笑顔で答える。
「あ、それなら大丈夫。オレ、最近体力落ちてきてさ〜。食欲はあるんだけどね。身体鍛えなきゃなぁ・・・。剛、お前もだよ」
「ええねん、俺は!!ほっといてくれ」
「あ、あたしもお兄は鍛えた方がいいと思う」
「ほら、ひーちゃんも言ってるぞ」
「ええの!絵描くのには十分の体力あるんやから」
「体力だけの問題ちゃうやろ。お前、その腹・・・」
「・・・・・」
光一に言われて剛は言葉を失ってしまった。確かに冬の間に少し余計なものが増えてしまっている。
「んふふ。お兄、一時期すごい食べとったもんねぇ。お兄ちゃんと違うて太りやすいのに甘いものも食べるし」
「それはひーちゃんが前みたいに食べんへんなったからやろ」
「やって、体重増えたんやもん。なんかニキビも出来始めるし・・・」
「ニキビできるの?確かに女の子だとお肌の手入れ大事だけど、気にする程じゃないと思うなぁ。 ここん家の飯食ってんだし大丈夫だよ!オレも肌キレイっしょ?」
「お前は家で飯食いすぎや!」
「うっひゃっひゃっ!」「あはははは!」
ひすいと光一の笑い声が響く中、そっかぁ?、と首を傾げる智也に剛は半分呆れている。
「お腹イタ〜。んふふふふ。あ、そうだ。ね、智君。後でまた相手してくれへん?」
ここの処、ひすいはオセロに嵌っている。学校では出来ないので、夜毎日のように誰かに相手をして貰おうとする。 だから当然の様に最近では母親も兄達もすっかり嫌がっている状況なのだ。
「うん、いいよ。でもお兄ちゃんたちの方が強いだろ?」
「やって、しつこいから嫌やって相手してくれんへんのやもん」
「お前も毎日言われたら解るわ。ホンマずっと言ってんねんで」
「いいやん、別に〜・・・・」
「こっちの身にもなれって・・・」
そんなこんなで子供達だけの賑やかな夕食は進んで行く。
夕食後、リビングでオセロをするひすいと智也の横でTVゲームに熱中する光一と剛。 お互い両方のゲームに口を挟んで4人のじゃれ合いは終わらない。
1時間程すると、ダイニングから母親の声が飛んできた。
「誰かお風呂入り〜」
「あ、じゃあ、あたし行く」
丁度オセロの勝敗が付いたひすいが1番に動く。
「お兄ちゃん、出てきたら数学みてくれる?」
「ああ、ええよ」
「それまでにゲーム終わらせとってよ」
「うん」
これで宿題が片付く、とひすいは意気揚揚と2階に着替えを取りに向かった。

入浴を終え、部屋に戻って問題集とノートを持ってリビングに入る。
「お兄ぃ、出たよ〜」
「じゃあ、次ぎ行くわ」
「お兄ちゃん、いい?」
「ん〜・・・もうちょっと待って」
「どれくらい?」
「今セーブしに行っとるから」
「わかった」
「どれわかんないの?」
「智君。っとね、これとこれと、これと〜・・・」
ページが捲られ、次々と問題が指差さされていく。
「・・・。結構あるね・・」
「・・・。だって・・解かれへんもん、数学」
「ひーちゃんのは考えてないだけやろ。見せて」
「はい」
受け取った問題集とノートから解答のされていないものを解いていく光一の隣で、ひすいは智也と話しながら英語の予習をする。
暫くして数学が解き終わった光一がひすいの英語が終わるのを待っていると、リビングのドアが開いた。
「光ちゃん、次ぎ〜」
「あかん。まだひーちゃんの終わっとらん」
「あっそ。お母さんは?」
「寝室ちゃう?台所居らんみたいやし」
「わかった。長ちゃん、今日どうするん?」
ドアを閉めて出て行こうとした手を止めて尋ねた。
「ん、そろそろ帰る」
「え?帰るの?」
「そっ、帰るの。次ぎ来たときにもオセロやろうねぇ」
「うん!あ、でも、今度はギター聴きたい!」
「いいよ。でも、夜じゃないときね」
「やった♪絶対!」
「うん。じゃあ、おやすみぃ」
「「おやすみ〜」」
ひすいと光一をリビングに置いて、智也と剛は玄関へ向かう。
智也を見送ってから母親の処に寄って戻ってくると、2人はああだこうだと数学と向き合っていた。 その様子をどこか嬉しそうに眺めて、描き止める為にソファーの上にあったスケッチブックを広げる。 それはほぼ日課と化している3人の情景。
父親が帰宅する頃にはひすいの宿題も全て片付き、僅かな家族の団欒だんらんが訪れる。
だが、中学生のひすいが起きていられる時間は限られていて、12時近くにもなれば全員から2階に上がるようにせっつかれる。
両親におやすみを言って、兄達と自分達の部屋に向かう。が、1人はこの後も数時間起きている事は明確である。
「お兄ちゃん、出来るだけはよ寝てよ。明日は講義あるんやろ」
「わかっとるって」
「ほんまに〜?お兄、明日も朝よろしく!おやすみ〜」
「「おやすみ〜」」
1人部屋に入ると、後は下ろして行っていた問題集やノートを鞄に戻してベットに入った。そうして終わる、何気ない、いつもの日常。




fin


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