日  常
―― 朝 ――




「ひーちゃん、時間やで。起きや」
コンコンというドアを叩く音と共に聞こえてくるいつもの目覚まし。ドアの外からでは起きないのはいつものことなのに、毎日声はまず外から聞こえる。
「起きんと遅刻やで。はよしいや」
それでも起きてくる気配の無い部屋の主・ひーちゃんこと時任ときとうひすいに 声の主・ひすいの兄である時任剛はもう1度外から声を掛ける。
「ひー!入るで」
やっとドアを開けて部屋に入った剛は目の前で気持ちよさそうに寝ているひすいに小さく溜息を吐いた。
「ひーちゃん、時間。はよ起きんと遅刻するで」
側から聞こえた声で漸く目を覚ましたが、まだ完全には頭は動いていない様子である。 目を擦りながら上半身を起こしているひすいを剛は優しい目で見ながら呆れた調子の声で話し掛ける。
「ほら、もう7時過ぎとるよ。はよ起きんと遅刻やで、光ちゃん起こさなあかんのやし」
「・・・うん。・・・・・んん〜〜〜」
伸びをしているひすいの頭をポンポンと叩いて剛は部屋を出て行った。 顔を洗って制服に着替え、そのまま階段を降りる前に1つのドアの前で立ち止まりノックする。
「お兄ちゃん、朝ぁ!!入るよ〜」
もう1人のひすいの兄・時任光一も自分と同様ドアの外からでは起きないのですぐに部屋の中に入る。
「お兄ちゃん!起きひんのやったらあたし学校行くよ!」
親しい人達にしか判らない程度の変化なのだが、この兄は朝ひすいが起こしておかないと1日機嫌が悪い。 剛がひすいを起こし、ひすいが光一を起こす。2人の兄が大学に入って2年経った今でもこの習慣は続いている。
「もう時間ないんやからはよ起きて!!」
揺すられて漸く目を覚ました光一を確認すると、
「じゃ、ちゃんと起きてよ!あたし下行くから」
それだけ言って部屋を飛び出した。ダイニングに下りて、キッチンに居る母親に声を掛ける。
「お母さ〜ん!髪お願い」
「もう自分でくくれるようなり」
「え〜!無理やって、ポニーテールは」
その様子に先にダイニングで朝食を摂っていた父親と剛は呆れた顔をする。 1階の洗面所で母親にポニーテールをして貰ってダイニングに戻ると、時計は既に30分を回っていた。 今から簡単に朝食を摂って家を出ると学校には5分程前に到着といったところ。遅刻はしなさそうだと確認する。 席に着いて既に準備されていた朝食に手を付けようとした丁度その時、光一が2階から下りて来た。
「はよ・・・」
「おはよ〜」
キッチンから味噌汁等を持って出て来た母親は、それ等をひすいの前に置きながら自分の席に座りボーっとしている光一に声を掛ける。
「ごはんは?」
「ん〜・・・確か桃あったよな?それだけ食べるわ」
「あるよ。ちょっと待っとって」
「お母さ〜ん。私も食べたい〜」
ひすいの声を背に聞き、はいはい、と返事をして母親はキッチンに消えて行く。
「ひーちゃん、桃なんか食べてる時間あんの?」
「・・・・・多分」
剛に言われてひすいは少し膨れた表情かおで答える。
「遅れそうやったらバイク出すで」
「ほんと?」
「お前無理やろ、まだ起きたばっかりやのに」
ひすいに甘い光一の提案はまだ起ききっていない状態だと判断した剛に制される。
(う〜・・・・お兄のいじわる!)
向かいに座って平然とコーヒーを飲んでいる自分を無言で睨みつけるひすいに、フッと笑みをこぼして剛は口を開いた。
「ちゃんと車出すって」
その言葉にパッとひすいの顔が明るくなる。結局は光一だけでなく剛も妹に甘いのだ。
「ありがと!お兄」
時間の心配がなくなると、これ以上ないくらい嬉しそうな表情で再び朝食に手を付け始める。 そんなひすいに兄2人は愛しげに笑みをこぼし、三兄妹のやりとりに両親は少し苦笑気味に顔を見合わせた。


「じゃ、ありがと!お兄」
「ええよ。時間ないからはよ行き。いってらっしゃい」
「いってきま〜す」
正門近くまで剛に送って貰うと、丁度登校している生徒の数が1番多い時間帯の始業10分前だった。 礼を言って少し小走りで門をくぐり昇降口に向かう。上履きに履き替えているとクラスメートに声を掛けられた。
「おはよ!時ちゃん。ここで会うの珍しいねぇ。いつもよりちょっと遅い?」
「あ、おはよう!ちょっと寝坊して」
「へ〜。あ、ねぇ、理科の問題全部解けた?」
「うん、出来た!」
「ほんと!?見せて〜!!」
「いいよ♪」
2人は今日の授業のことを確かめ合いながら足早に教室に向かう。何気ない、いつもの日常。




to be continued



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