幼馴染



あたしにはもう手の届かない処に行ってしまった幼馴染が居る。もう会う事もないだろう人。 あの日、彼は自分の居場所を見付けてしまった。あの子の許に、あの子と一緒に。

普段はあまりつける事の無いテレビをこの曜日のこの時間だけは何故かつけてしまう。 大好きな人と一緒に大嫌いな人を見なければいけない苦痛。それでも見てしまうのは彼の表情の所為。
彼の事を思い出したくなくて会いたくなくて、少しでも側に居たくて会いたくて、尤もな理由を付けてこの地に来た。 それでも勿論会えるはずは無くて。地元に居た方がよっぽど会えただろう事は明らかだった。
誰にも言わず毎日をただ淡々と過ごしていた大学3年の春、あたしたちは出会った。 初めて見た時、全く違う彼女がとても自分と似ているような気がした。 それが何故か判るまで、大した時間は掛からなかった。
あの時どういう話の流れだったのか、誰が言い出したのか、そんな事もう何も憶えていない。切欠は、多分たった一言。
「あれ〜?あんた達のプロフィール、KinKiそっくりじゃん。芦屋と奈良出身で1月と4月生まれで。2人ともAだから血液型も一緒だし。 樹ちゃん実際は累ちゃんより学年1コ上でしょ。ね?」
反応したのはたった1ヶ所。『KinKi Kids』は幼馴染の在るグループの名前。 他には誰も気に止めない位一瞬の事だったけれど、表情を引き攣らせたのをお互い見てしまった。 その表情でお互いの事が解った気がして、2人きりで話をする機会を増やしていった。 沢山の話をした。それは全てあたし達だけの絶対の秘密。

あたし達はそっくりな軌跡を辿っていた。母親同士が仲がいい事。 小さい頃から幼馴染の事が好きだった事。今でも他の人を想えない事。逃げて、側に居たくて進学先を決めた事。 そしてなにより、彼を連れて行った相手を憎んだ事。
なのに、あたし達は一緒に行動する事が増えていった。お互いの部屋にも時々泊まる。 話す内容は人が居る所では大学の事や日常に起こった事。でも、2人きりになると自然と彼らの事になる。
本当はあたし達は最初から解っていたのだ。あの場所では彼等は一生本当の幸せを掴めなかった事が。 どんなに人に囲まれていても、愛情を注がれていても、彼が別の場所を見詰めていた事は子供心にも痛切に感じる事が出来ていた。 あの日、あの場所で、彼は自分に絶対的に必要な人を見付けてしまった。
1人戻って来たおばさんに話を聞いて、もう行ってしまうんだ、と思った。 それから少しずつ意図的に離れ始めた。まだ時間はある。そのうちに慣れてしまおう。そう思った、思っていたかった。 だって、当時あたし達はまだ12歳だったんだから。 少なくとも中学卒業までは時間はある。それ迄はあたし達の事も少しは見ていてくれる。 でも違った。彼はもう少しも見てはくれなかった。 母親から聴こえてくる話でも、彼自身から語られる話でも、段々あの子の話が増えて来て。
もう彼と殆ど会話をする事もなくなった頃、彼の家で雑誌の取材が行われた。 2人が一緒に居る処を目にした瞬間の衝撃は今でも忘れられない。 ずっと覚悟していた。小さい頃からずっと理解わかっていたし、彼等が会った時に完全に覚悟を決めたはずだったのに。 でも、それは想像していたものとは全く違うものだった。
あんなに違うとは思っていなかった。いつもの彼とは別人のようだった。 何が、と言われると困るけれど、でも確かに何かが違った。あたしだけでなく家族も含めた他の誰でも彼にはダメだったのだ。 今でもそうなのではないかと思う。その事実を受け入れられる為に努力していたはずだったのに。 多分今でも受け入れらていないのではないのではないだろうか。 安らぎや温もり、あたし達の誰も与えられなかった沢山のものを彼に与えてくれている人を、10年経った今でも憎んでいるのだから。

「どうしても今行くん?」
「うん」
「せめて中学校卒業してからでも・・・」
「あかん。2人で決めたんや」

彼が上京する時交わした少しの会話。決定打を下されたあたし達。彼等が出会って3年も経たない日の出来事。 それまで何とか繋ぎ止めていた精神の糸が切れた日。
あの日からあたし達は崩壊に向かっている。いつ壊れてもおかしくない。 通常の日々を送りながら、あたし達の心は別の処を向いていて。本当はもうとうの昔に狂ってしまっているのではないだろうか、と思う事もある。 数ヶ月前のある日、彼女がポツンと言った。
「本当に狂ってる人は『自分は狂ってない』って言うんやって。やったら、みんな『狂ってる』ってことやと思わん? あたし等のが正常なのかもって」
だとしたら、あたしは狂えないまま日常を過ごして行くのだろうか・・・。





fin






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