淡い記憶





微かに、朧げながらにある記憶。
初めてお互いを紹介された時に真っ先に思ったのは、あの子に似ているなという事だった。
だが、目の前に居たのは確かに少年で。
あの子は女の子で、そんなはずはないと言い聞かせた。


「初恋の相手って誰かな?」
雑誌の取材で誰もが訊かれるだろう質問。 訊くのが当然のように目の前の記者は尋ねてくる。
「初恋ですか・・・・・」
あの、名前も知らない、1度会ったきりの少女の事が頭を過ぎった。 だが、自分の口からでたのは全く違う人物だった。
「幼稚園の先生やないかと思いますけど」
表情には出さなかったが、自分の言葉に自分で驚いた。
(なんであの子のこと言わへんかったんやろ?)
自分で自分のとった行動が分からなかった。 困惑しながら隣に座っている人物の顔を見る。
やっぱり似ている。 そう思ったが、だからと言って何故彼女のことを口にしなかったのかは分からなかった。

それは時を10年程昔に遡る。彼がまだ本当に小さかった頃の話。家族全員で京都へ七五三のお参りに行った時の事だった。
甘えたがりな反面やんちゃで落ち着きの無かった彼は、母親に手を握られた状態でも面白い事は無いかと周りに注意を払っていた。 沢山の着飾った子供達の中で、同じように母親に手を引かれたとても可愛らしい女の子が目に入った。 ずっと見ていたい衝動に駆られたが、その娘はすぐに人込みで見えなくなってしまった。
お参りを済ませた帰り道。車に乗る前にとお手洗いに行く事になったのだが、彼は誰よりも早く出て来てしまい退屈になってしまった。 そんな彼の目に1人で退屈そうにベンチに座っている女の子の姿が飛び込んできた。
(さっきの子や!)
嬉しさと好奇心からその娘に近付き声を掛けようとしたがやっぱり躊躇われる。 その少女に近付こうと1歩踏み出しては勇気が出ずに1歩下がり下を向く。 何度かそんなことを繰り返していると、流石に少女も彼の方に気が付いたようである。 パッと下を向いてしまったが、ちらちらとこちらを見ている。 その様子に勇気を出してやっと少女に話し掛けた。
「みんなあそこ?」
洗面所の方を指差しながら尋ねると、少女はこくんと頷いた。
「ようにおうとるね、それ」
その言葉に少女は顔を上げ、初めてにっこりと笑い口を開いた。
「ありがとう。そっちもかっこええね」
そう返されて彼の方もとても嬉しくなり、2人は笑顔で見詰め合った。
彼がそんな少女の笑顔に見とれていると、その笑顔がいっそう輝いた。
「あ、ねこ!」
「ねこ?どこ?」
「ほら、あこ!」
少女の指差した方に仔猫が数匹いるのが見えた。
「なぁ、ここおってもたいくつやろ?あっちであそばん?ねこもおるし」
「いく!」
すっかり気を許し合った2人は自分達が家族を待っている事を忘れてその場を離れてしまった。
それからどれくらいたったのか、それまでニコニコ顔で駆け回っていた少女がふと立ち止まり不安げな顔になった。
「どうしたん?」
「まま・・・・」
周りに居る両親に手を引かれている子供達を見て自分の家族のことを思い出したのだろう、とても淋しそうに呟いた。 彼の方にも少女につられるように不安が沸いてくる。 急いで周りを見ると、自分達が何処にいるのか分からなくなってしまっていた。 どちらかというと泣き虫なところのある彼の目に涙が溜まり流れ始めた。
「あ、ごめん。な、いっしょにままたちさがそ?」
その様子に慌てた少女の方もかなり不安そうではあったけれど、必死に彼を慰め家族と合流しようと気を張るのが見て取れた。
「な?」
彼がなかなか返事をしないので、少女にも押し殺そうとしていた不安がどんどん湧きあがってくる。 少女の目にも涙が溜まり始めた時、遠くから女の子の大きな声がした。
「剛!!」
声のした方を振り向くと、姉が走ってくるのが見えた。
「おねえちゃん・・・・」
「お母さん!こっち!!剛居ったよ!」
後ろを向いて叫びながら、2人に近付いて来た。
「よかったな。みつかったやん」
淋しそうに少女が笑った時、別方向から女の人の声がした。
「光ちゃん!!」
「まま!」
両家とも全員揃い、2人はそれぞれ家族に抱きしめられた。 子供の無事を確認してから両親達が言葉を交わしている間、2人はこのまま離れる事を寂しく思っていた。 だが迷惑を掛けた手前これ以上我儘を言って困らせるわけにはいかない。
「じゃ、帰ろうか」
それぞれの母親に言われ、最後に一言だけ言葉を交わす。
「ばいばい・・・・」
来た時と同様に母親に手を繋がれその場を後にした。

あの時の少女の顔は隣で一緒に取材を受けている人物にやはり少し似ている気がする。 だが、光一や家族は何も言わないし何といっても性別が違う。やはり別人だろうと納得させた。
それから暫くして、某雑誌でお互いの家に行くという企画があがった。
一応取材なので記者やカメラマンの意見を聞きながらも、2人には友達の家に遊びに行っているような感覚だった。 相変わらず落ち着きの無い剛は、珍しそうにずっと光一の部屋をキョロキョロしていた。 どんな本を置いているのかと本棚に目をやる。 本棚は漫画が数冊と車関係の雑誌、そして何故かゲームのソフトで溢れていた。 その中に3冊、似つかわしくない表紙のものがあった。
「なあ、光ちゃん。これ何?」
「え?ああ。アルバムやで」
「見てもええ?」
「ええよ」
本人の許可を得てアルバムを開く。光一に思い出話を聞きながらアルバムを捲っていく。
ふと、1枚の写真に目が留まった。その写真は自分の幼い頃の記憶にある、あの少女と重なる。
「光ちゃん、これ・・・・」
「え?ああ、これなぁ。なんか、姉ちゃんが七五三で着たときに自分も着たい言うて姉ちゃんの借りたらしいねん。 でもなんでそんなこと言うたんかなぁ、僕」
「・・・・・」
まさか、という思いが剛の中に生まれる。まさか、あの女の子は・・・・
「あんな、もしかしてこの格好でお参り行かへんかった?」
「え!!何で知ってるん?!」
「え・・・・・嘘やろ〜〜〜!!!
嫌な予感はずばり当たってしまい、剛は叫びながら床に突っ伏した。 まさか自分が初めて気になった『女の子』が実は『男の子』だったとは・・・・。 しかも、その人物とグループを組んで仕事をしているとは夢にも思っていなかった。 起き上がるに起き上がれないまま、剛はこの事実を自分の中だけにしまい、決して誰にも口外しない事を固く決心した。


あれから数年、武道館でのファーストコンサートや待ち望まれたCDデビューを経て再会から2桁の年月を迎えようとしている。
最近になって、2人は以前より『初対面での印象』を話す場に出くわす事が増えた。
この時の彼の決意が守られているかどうかは、みなさんもよくご存知のはず・・・




fin



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